一人ひとりが幸せに 【SDGs 雇用と労働】

   ややこしい日本語がある。「改善」と「改革」という言葉だ。

   大辞典や国語辞典などを引いてみたが、どちらも ”物事を変えて新しくすること” の意味に落ち着くが、違いがよくわからない。いろいろと他も調べてみたが、最後に株式会社日本産業能率コンサルティングのサイトに書かれていた定義がしっくりときた。それによると、 改善とは「現状肯定の観点から改良する 」ことで、改革とは「現状否定の観点から新しい姿にする」ということらしい。また、”言い換えると、改善は「現状の延長線上で方法や手続きを変える」ことで、改革は「将来志向から考え方を変革する」”との説明がある(引用元のサイトは文尾に記載)。

   イメージとしては、改善はいまある形のものを是正したり、修正したり、手直ししたりしてより良きものにすることであり、改革は全く新しいものに変えるということなのだろう。   

   私たちの「働き方」を変えていきましょう、と政府が提言するのは、この「改革」の方だ。少子化により1995年以降年々減少している日本の人口推移を受け、約90年後の2110年には生産年齢人口も半分になってしまい日本経済が回らなくなっていしまうとの内閣府の予測に基づき、政府は一億総活躍社会の実現に向けて働く方々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する必要に迫られた。そんな中で、現在の働き方で問題となっている長時間労働、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保などのために具体的にな措置を講じる目的で、厚生労働省が「働き方改革関連法案」を国会に提出し、2019年4月から施行された。法案の内容は、どちらかというと労働者自身というよりも、企業側に具体的なアクションを求めるものとなっている印象だ。企業側の取組とされているものを列挙すると、残業時間の上限を規制・勤務間インターバル制度の導入・1人1年あたり5日間の年次有給休暇の取得を義務づけ・中小企業でも月60時間を超える残業には、割増賃金率を引上げ(25%→50%)・労働時間の状況を客観的に把握することを企業に義務づけ・働く人の健康を守る措置を義務化(管理職、裁量労働制適用者も対象)→罰則つき・フレックスタイム制により働きやすくするため、制度を拡充・労働時間の調整が可能な期間(清算期間)を延長(1か月→3か月)・子育て・介護しながらでも、より働きやすく・専門的な職業の方の自律的で創造的な働き方である「高度プロフェッショナル制度」を新設などである(厚生労働省HP)。時間もコストもかかり、企業側からしてみれば大きな変革を迫られている。

   この「働き方改革」は、これまでの時間制約型の勤務体系や年功序列型の昇進・昇格に慣れ親しんだ方々の心理から見れば、まさしく「革新」的なものであり、最近にわかに脚光を浴び始めた「ジョブ型の雇用形態(経団連による指針。それぞれのポストについて、職務内容や報酬を明確にし、最適な人材を起用するというもの。有能な人ほど難易度が高く待遇も良いポストに就くので、必然的に成果型の人事制度となる)」に至っては、ある日突然同僚や部下が社長になる奇跡も起こりうるので、まさに働き方「革命」に近い印象を持つ人もいると思う。私自身は外資系の会社での勤務経験が長いので、こうした「ジョブ型」は全く疑問も抵抗も感じることはないが、社員ひとりひとりに「職務分担(Job Description)、職務分掌(Segregation of Duties)、権限移譲(Delegation of Authority)を明確に与えるガバナンスを整えることは、現在までの日本の企業文化ではかなりのチャレンジだと思っている。良い意味でも悪い意味でも、日本の会社の多くは一人ひとりの役割と職務があやふやなところがあるし、遺憾ながら上場会社でも完璧だとは言い切れないと感じている。はっきり言って、働き方改革関連法が施行されて早一年が経つが、振り返ってドラマチックに自分の働き方が変わった、と言える方々はどのくらいいらっしゃるのだろうか? むしろ政府が企業に義務付けた上述の関連法案よりも、新型コロナ禍における不可避的な勤務スタイルの変化の方が、社員らの働き方を変えているのではないかと思うくらいだ。

   働き方改革は、ようやく最近になって、企業のかなり斬新な取組みが新聞などで紹介されるようになってきた。いくつかの事例を紹介してみたい。丸紅では、今年10月から、他部署に協力した社員に報奨金を支給する制度を設けるという。縦型の組織でサイロ化している知見やノウハウを他部署にも積極的に共有して新たな事業を生み出しやすくする狙いで、社員はその貢献度に応じ、最大200万円までの報奨金をもらえるということだ。私が以前勤めたLIXILでは、ナレッジマネジメントが充実しており、社員がさまざまな業務上の知識や仕事の手順などを共有できるサーバ上のプラットフォームにアップして、貢献した人々をランキングにして毎月発表して社員らのモチベーション向上に役立っていたが、これも丸紅が導入した横連携の強化の良い例である。丸紅のように、社員の貢献度に応じて報奨金を出す仕組みは、ディスコ(半導体製造装置大手)が取り入れている社内通貨「ウィル」があるが、丸紅でも同様の社内コインを導入して、1コイン1万円として賞与などに反映する計画らしい。武田薬品工業は今年6月から、社内で異なる業務を期間限定で掛け持ちする新しい制度を導入した。社員が自分が所属する担当部署の業務に加え、別の希望する部署で勤務できるようにした。業務上関わりがないが、とても関心のある他部署の業務に携わることでスキルアップや自身の適性に合った仕事を見つける狙いもあるらしい。同様の社内副業制度は、KDDIも行なっていて、国内約1万1千人の正社員を対象に、就業時間中の最大2割を上限に他部署でも働ける社内副業ルールを作った。さらに紹介すると、もっと大胆な雇用制度を導入既に3年前の2017年から導入している会社があった。タニタである。社員に一度、会社を「退職」してもらい、「個人事業主として会社と契約を結び直す」というものだ。切り替えは強制ではなく、あくまでも本人の希望に基づいてこの制度は適用されるが、今年現在、社員の約1割にあたる27名が個人事業主として働いているそうだ。個人事業主になれば就業規則に縛られないため、毎日会社に来る必要はないし、1日の勤務時間も全く自由である。柔軟な働き方で副業も制約が全くない。

   上述したのはほんの一例に過ぎないが、今後もさまざまな会社が斬新なアイディアを持って、具体的な働き方改革を推進していくことだろう。

   SDGsの8番目のゴールである「働きがいも 経済成長も」の中のターゲット 「8.3 生産活動や適切な雇用創出、起業、創造性、およびイノベーションを支援する開発重視型の政策を促進するとともに、金融サービスへのアクセス改善などを通じて中小零細企業の設立や成長を奨励する。」や「8.5 2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性および女性の、完全かつ生産的な雇用およびディーセント・ワーク、ならびに同一労働同一賃金を達成する。」 というターゲットがある。働きがいのある会社でなければ、仕事はただの苦役になってしまう。ハラスメントや不平等が会社にあれば、人格そのものが病んでしまうことになりかねない。働き方改革はその意味で非常に重要なテーマだ。

   改革は英語では「Reform」という。住宅などのリフォームでは痛んだ壁や天井を変え、間取りや古い設備を刷新するときなどに使う言葉だが、どんな場合でもリフォームはあくまでも住む人の幸せのためにするものである。改めて、「働き方改革」という言葉を別の表現で「一人ひとりが幸せになるワークスタイルの実現」と呼びたい。

パンチョス萩原

引用元:日本能率協会コンサルティング 経営改革の知恵ぶくろ https://www.jmac.co.jp