以前、よく海外出張に出かけていた頃、出張先での食事はもっぱらファストフード店で済ますことが多かった。広州白雲(バイユン)国際空港のBurger Kingや、パリのルナール通り沿いのマクドナルドなど、現地のレストランに一人で入る緊張感が苦手な私にとって、日本でも食べ慣れてハズレがないハンバーガーを食べようという戦略であった。ところが、アヴィニョン(フランス南部の町)のレピュブリック通りのマクドナルドでビッグマックを頼んだ時に、店員から「サラダはいるか?」と聞かれ、「ノン(いいえ)」と言って待つこと5分で出てきたビッグマックにはビーフパティが2枚でレタスもトマトもピクルスも何も野菜のたぐいが入っていなかった。おそらく何かを聞き間違えたのだろう。いい思い出である。
経済学に「ビッグマック指数」というものがある。マクドナルドが世界100か国以上、37000店舗以上あることを利用して、国ごとのビッグマックの価格を米国での価格と比較することで、それらの国の通貨が現在の為替レートで高いのか安いのか(過大評価されているか、過小評価されているか)を把握するために考案された経済指標のことだ。前提として、自由な市場経済において「同一市場の」「同一時点における」「同一の商品」は「同一の価格」であるという「一物一価の法則」に基づいているのだが、簡単に言うと、それぞれの国で全く同じ製品が売られている場合、「価格は全部同じ」、という考え方のことだ。ただ、国ごとに通貨が違うので、例えば、日本ではビッグマックが2020年8月現在390円であるが、アメリカでは5ドル26セントだ。この2国間のビッグマック価格を比較してみよう。計算式は、390円/5.26=74.14円となる。この結果、現在の日本円が対ドル105円であれば、「1ドル=105円は74円になるべきだ。なのでますます円高になるだろう」、と予測されるのである。逆に日本でビッグマックが600円ならば、600円/5.26=114.07円となり、「現在の為替レート105円は本当は114円であるのが妥当なので、これからは円安になっていくだろう」、という予測となる。この「ビッグマック指数」は、イギリスの経済誌「エコノミスト」が毎年2回発表している。注意しなければならないのは、ビッグマックは、どの国でも販売していても消費税率が異なったり、人件費が高い国や安い国での価格への調整が入ったりするので、必ずしも米国のビッグマックとの値段比較でその国の為替レートの先行きが完全に決まるものでない。最近は、より比較がしやすいスターバックスの製品を用いた「トール・ラテ指数」が登場した。さらにアップル社の「iPod指数」もある。どれも世界各国で売られているために比較がしやすく、参考にはなるが、為替レートを正確に予測できるツールではない。
いずれにせよ、これらの経済指標は、「各国通貨における為替レートが長期的にどのように決定されるのか?」ということを2国間で売られている同じ製品をその国の通貨換算の価格で比較することで決定づけようと試みたものである。この理論を唱えたのは、スウェーデンの経済学者カール・グスタフ・カッセル氏であり、「購買力平価(またはPPP=Purchasing Power Parity)説」と名付けられた。この「購買力平価」は国ごとの同一製品・同一サービスの値段は同じ、という概念でなりたっているので、この理論を利用し、現在では為替レートの比較分析のみならず、公益財団法人日本生産性本部が、時間当たりの労働生産性を国別に比較したり、国際通貨基金(IMF)などが世界各国の名目GDPを購買力平価ベースで再評価したりするのに利用している。
2020年5月19日、世界銀行が、「国際比較プログラム=International Comparison Program (ICP)」において、国による生活費の違いを反映した2017年の購買力平価(PPP)を発表した。ちなみに、このICPは世界最大規模の統計事業であり、国連統計委員会の支援の下で、世界銀行が調整を担当しており、50年を超えるICPの歴史において、9回目の比較調査となった今回のICPラウンドは、2017年を基準年として176カ国の参加を得て実施された、世界経済の動向が非常にわかるものとして高い評価を得ている。
その調査結果によると、” 新たな購買力平価(PPP)で測定した2017年の世界経済の規模は120兆ドル弱となり、経済活動全体の半分以上が低・中所得国で行われたことを明らかにした。世界人口の17%を占める高所得国がPPPベースの世界の国内総生産(GDP)に占める割合は49%だった。この割合は、世界人口の36%を占める上位中所得国では34%、世界人口の40%を占める下位中所得国では16%、世界人口の8%を占める低所得国では1%未満だった。2017年にPPPベースのGDPが最も大きかった国は中国と米国であり、いずれも20兆ドル弱だった。この2カ国で世界経済の3分の1を占めた。”。(引用:世界銀行HP https://www.worldbank.org/ja/news/press-release/2020/05/19/new-purchasing-power-parities-show-low-and-middle-income-economies-account-for-half-of-the-global-economy)
上記を読んだだけでは、たくさんの数字の羅列や、難解な言葉だらけで何のことだかわからない気もするが、要するに、2017年では、世界経済の規模が日本円で1京2600兆円(京は兆のひとつ上の単位)で、人口が世界の17%である高所得の国が世界経済活動の49%を占め、残りの人口83%を占める低・中所得の国々が51%の経済活動を行なった(中でも人口8%を占める低所得国は世界全体の1%にも満たない水準であった)、ということで、世界における富める国と貧しい国における経済格差が浮き彫りとなった形だ。そして、この調査結果をもとに、貧富の格差を埋めるための努力が国連を中心として世界中で行なわれているのである。
購買力平価で再評価された、さまざまな経済の指標を見ていると、円という通貨が持つ価値、日本の経済活動規模などの姿が世界との比較の中で正しい形で見えてくる。見方によっては、各国の生活感も見えてくるので大変勉強になる。
最近はマックやスタバにもあまり行っていない。久しぶりに世界経済を占う主役のビッグマックやトール・ラテを注文しに足を伸ばしてみたくなった。
パンチョス萩原