今から2カ月前の7月15日、北海道釧路市で行なわれた今年初のサンマの競(せ)りで、過去最高となる1キロ4万円という競り値がついた。競り落としたのは地元の鮮魚店だが、早速店頭に並べたサンマ一匹の値段が税込みで6,458円、という報道に驚かれた方も多かったと思う。もしもコンビニのバイトで6時間一所懸命に働いた報酬がサンマ一匹だったら気が滅入るどころの話ではない。
先週8月24日に道東・厚岸(あっけし)港で行なわれた水揚げでも、港に戻ったサンマ棒受網漁業4隻から降ろされた発泡箱は200箱余りで、1トンにも満たなかった(日刊水産経済新聞8月25日)。ここ数年サンマの漁獲量が激減し、2008年に34万3225トンもあった水揚げは、昨年2019年には4万517トンと過去最低を記録した(全国さんま棒受網漁業協同組合)。これから本格的なサンマ漁シーズンとなるが、今年も不漁が危惧されている。
サンマが不漁な原因はいろいろあるそうだ。水産庁やNHK解説委員室、国立研究開発法人の水産研究・教育機構などのHPでさまざまな分析が解説されていたが、まとめると、まずは自然環境の変化でサンマの資源量自体が減っていること、日本近海の海水温度上昇やサンマと同じ餌を食べるマイワシが日本近海で増えているためにサンマが餌が食べられずに回遊ルートが変わったことなどが主な理由であった。一方、日本のメディアや週刊誌では、違う視点で、日本の「沿岸」にサンマが来る前に中国や台湾の漁船が「公海」で先に大量に乱獲していることが原因だ、というものもあるが、視聴者にはそちらの方が受けるのか、防衛問題や政治問題と絡めた特集番組まで登場している。
ここで「沿岸」とか「公海」とはどんな定義だった?という疑問が湧いたので、改めて学び直してみる。
海で使われる長さの単位は「海里(シーマイル、ノーティカルマイル)」である。メートルに直すと1852mであり、アメリカなどで使われているよく似た距離単位「マイル」の「約1609m」のような「約」はつかないで、ぴったり1852mである。南極・北極を通って地球をぐるりと一周する長さを360で割ったものが緯度1度、その1度をさらに60で割ったものが緯度1分であるが、この1分の長さが1海里で1852mなのだ。船はこの1海里を1時間で進む船の速さを1「ノット」としている。なので1ノットは時速1.852km/hだ(国土交通省 海難審判所HP)。
さて、この「海里」という単位を用いて、国連海洋法条約にて各国がどのように海の利用について権利を主張できるかについて定められたのだが、日本でもその条約に従い1977年に「領海法(領海及び接続水域に関する法律)」が制定され、海の水域についての定義がなされた。
第一に「内海・領海」という海域があり、これは日本の国土が海に接する沿岸を基線として港湾内や河川など内側部分を「内海」、外の海側へ12海里の線までの海域を「領海」という。「領海」はメートル換算するとおよそ22kmくらいなので東京駅から東に西船橋、北に浦和、西に川崎くらいのイメージだ。この海域では、日本国の主権ができるために他国の船は安全に通ることは認められるが勝手なことはできない。
次に「接続水域」があって、これは沿岸からその外側24海里の線までの水域だ。先ほどの「領海」の12海里プラス12海里なので、距離は約44kmだ。東京駅から八王子もしくは上尾、戸塚などまでフルマラソンで走っていくくらいの距離感である。この海域でもし他国の船が密輸入や密入国等を企てたり、伝染病などが発生した場合には、日本は領海法違反や主権の主張により処罰や防止対策を行うことが認められている。
続いて「排他的経済水域(または英語でEEZ)」」があり、これは沿岸から200海里(約370km)の線までの海域及びその海底下(大陸棚)まで含まれる海域だ。よくニュースで、“日本最南端の東京・沖ノ鳥島沖の「排他的経済水域(EEZ)」で、中国の海洋調査船が航行しているのを海上保安庁の巡視船が確認…”みたいな報道があるが、天然資源探査や開発行為や人工島の設置、海洋保護や保全などの管轄権がある海域なので、勝手に他国船は上述のような行為は許されていない。
最後に「公海」は沿岸から200海里以上離れた、「どの国の所有でも管轄下でもない海域」のことで、どの国の船も自由に航行できるし、自由に漁を行なうことも、公海の下に広がる海底(深海底)での探索も可能だ。万が一、国際間で海に関する紛争が起き、外交の事務級レベルでの交渉が難航した場合は、国際海洋法裁判所で争われる。
(参照:外務省および海上保安庁HP)
以上のような海域上の決まりがあるため、もしも他国の船がサンマを日本の主権と管轄権がある「領海」「接続水域」「排他的経済水域(EEZ)」で捕っていたら日本の法律で罰することはできるが、日本の海域内に回遊する手前の「公海」でたくさん捕られても日本にはどうしようもできないのである。
春には鰆(さわら)、夏には初鰹や鱧(はも)、秋には秋刀魚、冬には金目鯛や河豚(ふぐ)など、日本人は豊かな水産資源を与えられ、伝統的な和食文化を育みそれらを食してきた。「和食」は2013年12月、アジアとヨーロッパにまたがるコーカサス山脈とカスピ海に囲まれたアゼルバイジャンの首都バクーで開かれたユネスコの会議で、多様で新鮮な食材と素材を活かした調理技術、一汁三菜を基本とする理想的な栄養バランス、器などによる自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの日本伝統文化との密接な関わりなどが評価されてユネスコ無形文化遺産に登録された。
今後、さらに日本近海の海水温上昇が続いたり、魚資源が枯渇してしまったら、もう伝統的な和食文化が後世に伝えられなくなるかもしれない。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」は、何も魚という資源を保護することに留まらない。気象変動、人々の平和的な海の利用、そして魚を食べる食文化のありかたなど、多くのアクションを伴う大切な行動だ。
私たちの「海の豊かさを守ろう」という思いと行動は、サンマの漁獲量のように年々減り続けてはならない。
パンチョス萩原 (Soiコラムライター)