昨日のコラムでは、破綻寸前の備中松山藩を大胆な財務改善と構造改革で救った山田方谷(ほうこく)について書かせて頂いたが、記事を書くためにほぼ一日かけて幕末から明治の開国時代の出来事や人物たちの関連する文献を読んだり、ネットでさまざまな記事を閲覧したりして過ごした。これまであまりに勉強不足だったことを痛感しつつも、150年以上前の激動の時代に思いを馳せることができた。
しかし、正直に言えば、今回改めて深く印象に残ったことは、3時間近くかけて文献や動画などを閲覧し、かなり深いところまで情報を掘り下げた大老井伊直弼(なおすけ)の開国に至るまでの決意でも、安政の大獄でその彼に死罪にされた吉田松陰の思想でもなく、また攘夷を最後まで貫いた長州藩でもなかった。それら歴史的なイベントや活躍した人々以上に注目してしまったのは、江戸時代から明治時代にかけての日本の「総人口」と「平均寿命」である。
「総人口」の方から書くと、江戸幕府が成立した1603年当時の日本の総人口は、1227万人、8代目徳川吉宗の享保の改革当時は3128万人、明治時代は3330万人と今よりずっと少なかった。総人口が1億人を突破したのは1967年(昭和42年)と意外と最近のことである。現在は2008年の1億2808万人をピークに減少しはじめている。徳川家康の頃には、日本は今の東京都民の人口ほどしか住んでおらず、260年経って2.7倍となり、その後の150年ほどで3.8倍ほどになった。ちなみに歴史を逆に遡ってみると、奈良時代~平安時代の総人口は451万~684万人、鎌倉時代の総人口は757万人、室町時代は818万人であったらしい。
また、各時代における日本人の「平均寿命」の推移では、現代から時代を遡ると下記の通りだ。
令和元年 男性81歳、女性87歳
平成2年 男性76歳、女性82歳
昭和40年 男性67歳、女性72歳
昭和22年 男性50歳、女性53歳
明治・大正 44歳(男女区分なし)
江戸 32~44歳(記録があいまい)
安土桃山 30代
室町 15歳(人骨による分析)
平安 30歳(貴族のみ)
鎌倉 24歳
飛鳥・奈良 28~33歳(人骨による分析)
古墳・弥生 10~20代
縄文 15歳前後
明治以前は、戸籍制度がなく人口調査ができていなかった時代もあり、かなりあいまいなところもあるが、平均寿命が50歳を超えたのは、終戦後の昭和22年(1947年)であることがわかる。「超高齢化社会」と言われるようになったのは、歴史から見ればつい最近のことなのだ。改めて、総人口の1億人以上の人々の平均寿命が男性で81歳、女性で87歳という今の世の中は本当に恵まれていると実感する。「人生50年」という言葉が現実的で、平均寿命がそれほど長くなかった時代の日本人にとって、長生きは本当にめでたいことだとして、中国から伝わった長寿祝いが文化に取り込まれたのは、奈良時代のことである。その頃は40歳をはじめに、10歳年を重ねるごとに祝っていたが、室町の頃から60歳から還暦(かんれき)などの長寿を祝う習わしが慣習化したと言われている。還暦をすぎると、66歳で緑寿(ろくじゅ)、70歳で古希(こき)、77歳で喜寿(きじゅ)、80歳で傘寿(さんじゅ)、81歳で半寿・盤寿(はんじゅ・ばんじゅ)、88歳で米寿(べいじゅ)、90歳で卒寿(そつじゅ)、95歳で珍寿(ちんじゅ)、99歳で白寿(はくじゅ)、100歳で百寿(ひゃくじゅ)、108歳で茶寿(ちゃじゅ) 、110歳で珍寿(ちんじゅ) 、111歳で皇寿(こうじゅ) 、119歳で頑寿(かんじゅ)、そして120歳で大還暦(だいかんれき)である。
ちなみに、還暦の意味は、十干十二支(じっかんじゅうにし→乙未(きのとひつじ)や丙午(ひのえうま)」など )が60年で1巡して元の暦に還(か)えることから還暦と呼ばれている。また、長寿祝いで66歳、77歳、88歳、99歳などに祝うようになったのは、もともと長寿祝いは中国から伝わったのであるが、中国では昔から「ゾロ目」を不吉な数字と捉えており、ゾロ目の年には逆にお祝いをすることで厄払いをしよう、との考えがあるため、これらゾロ目の年に祝うようになったそうだ。ひな祭り(3月3日)や端午の節句(5月5日)、七夕(7月7日)もこの考えに基づいてお祝いされるようになったらしい。
医療の進歩や生活水準の向上で日本の平均寿命はこの70年間でほぼ2倍となり、これからも平均寿命は延び続けることが予測されている。そんな日本も2017年には平均寿命世界一の座を香港に譲り渡しており、これからは先進国においてはさらに超高齢化社会に突入していくこととなるだろう。その一方で、世界平均寿命ランキングで依然として発展途上国における平均寿命は短く、140位以下はほぼアフリカの国々で、最低の187位である中央アフリカは平均寿命が52歳と短い。これでは還暦に手が届く人々がほとんどいない。
貧困や衛生状態、治安など多くの要因を可能な限り解決しつつ、全世界の人々が長生きする時代が到来して、すべての国が平均寿命ランキングで同一1位となれば、どんなに良いことだろうか。
人が生まれてから死ぬまでの長さを英語では「Lifespan (ライフスパン)」とそのものずばりで呼ぶが、それを「寿く命」と表す日本人の情緒は本当に素晴らしい。人が本当の意味で生を全うできる社会、一人ひとりが誰も取り残されない社会を築けていけたら、と心から思う。
出典・参考文献:
鬼頭宏 「人口から読む日本の歴史 (講談社学術文庫)」、国土交通省ならびに衆議院 第三特別調査室 縄田康光氏の調査資料)
参考サイト
お誕生日新聞 https://shinbun20.com/
還暦祝いnavi http://www.kanrekiiwai.com/
パンチョス萩原 (Soiコラムライター)