ご家庭の冷蔵庫を覗いて頂きたい。野菜、肉類、卵、牛乳、ビール、ねりわさび類、調味料類など、さまざまな食品が入っていると思うが、皆さんは、いつ頃どこでそれらを買われたのだろうか。 あるものは一週間に一度の定期的な買い物の時、またあるものは無くなった時に補充、傷みやすい生鮮食品は今週食べる分だけ昨日買ったか…そんな感じではないだろうか。入庫したタイミングはまちまちだが、これから食べる夕飯のために出庫して使う。極めて当たり前のことだが、「スーパーで調達」して「冷蔵庫に保管」し、「冷蔵庫から出して調理」をし、「食べる」―――買ってから消費するまで―――これら一連の流れを「サプライチェーン」と呼ぶ。何もこの言葉は会社の仕入~製造~倉庫入れ~出荷(販売)だけにとどまらない。サプライチェーンはご家庭でも毎日行なっているのだ。
例えば、4人家族のとある家庭が、明日の晩御飯にチキンカレーを食べるとしよう。冷蔵庫は空っぽである。カレーに必要な材料(玉ねぎ、人参、じゃがいも)と鶏肉、カレールーを少なくとも明日の夜までに揃えなくてはならない。なので、今日のうちに近所のスーパーマーケットに買いにいくとする。スーパーには大概それらの野菜と鶏肉は売っている。だが、スーパーはこの4人家族が明日チキンカレーを食べる予定であることを知らないのだ。「おそらくカレーを食べる家庭もあるだろう」、と予測を立てて問屋や卸売業者に数日前から前日までに発注しておく。問屋や卸売業者はもちろんスーパーのお客さんがチキンカレーを明日食べることなど知らないが、「スーパーがそれらの予測を立てて発注してくるのだろう」、と予測を立てて生産者からある程度の量をかなり前もって買っておくのである。生産者はもちろん、いつ、どこで、誰がチキンカレーを食べるかなど知らないが、「問屋や卸売業者がスーパーからのどのくらいの注文が来るのかを予測して買いにくる」ということを計算に入れて、数カ月前から野菜や鶏肉の生産に着手しているのである。
サプライチェーンでは、最終消費者の需要が起きるずっと前から、供給側が必要十分な体制を敷くことによって、最終消費者が欲しいタイミングでモノが届けられるのである。上記の例では、最終消費者の中に、まず「仕入~生産(調理)~出荷(配膳)~消費」という小規模のサプライチェーンがあり、スーパーの中にも、「問屋・卸売業者からの食材仕入れ~下処理~店の棚へ陳列~出荷(レジ)」のサプライチェーンがあり、問屋・卸売業者にも、「生産者からの仕入れ~倉庫保管~出荷」のサプライチェーンがある。生産者もしかりだ。このようにサプライチェーンどおしがそれこそ鎖のようにつながってモノと経済は回っている。
ここで、4人家族が住む町の全住民1万人が同じくチキンカレーを食べるとする。当然スーパーのみならず近隣の八百屋や肉屋からも鶏肉、玉ねぎ、人参、じゃがいもは一斉に姿を消す。在庫がすっからかんになったスーパーや近隣の八百屋・肉屋は「明日もこぞって鶏肉や野菜を買いに来るかもしれない。もっと準備しておこう」とこれまでの2倍の量を仕入れる。問屋や卸売業者は「2倍も売れたから、今度から3倍の量を確保して将来に備えよう」となり、生産者は「ものすごい売れ行きだ。4倍育てておこう」となる。これが「ブル・ウィップ効果(牛追い鞭(むち)効果=Bull Whip Effect)」と呼ばれるものだ。牧場で使われる鞭のように手元をほんの少し動かすと、どんどん動きが大きく伝わり、最後には鞭の先端がものすごい振れになる、という現象が例えになっている。消費者のほんの少しの需要の変化が上流の生産者ではものすごい振れになる。
新型コロナの感染者が日本で増え始めた今年の2月から、すべてのドラッグ・ストア、薬局、スーパー、コンビニなどから「マスク」が消えた。本来ならば、サプライチェーンは秩序に沿って一定の流れの中で安定しているが、当時連日のニュースで報道された「マスク不足」という言葉から、消費者、企業、病院などが先を争うように数週間から数か月分を買い求めようと店に殺到した結果、中間の流通分まで枯渇した。また時が悪く、主に中国からの輸入マスクに頼っていたため、中国からの供給がコロナでストップした。ここまでは、需要と供給のバランスで明らかに供給が不安定となったことによる品薄なのだが、2月12日に、菅義偉官房長官が会見で「来週以降、毎週1億枚以上、供給できる見通し」とコメントし、3月17日には「3月は月6億枚超が確保される」と言い、10日後の3月27日には、「4月の見通しは、さらに1億枚以上を上積みできるようになる」とコメントしたことによって、ドラッグ・ストア、薬局、スーパーが大量に発注し、上流の仲買業者がさらに膨大な量を輸入業者や国内のマスク製造メーカーに発注するブルウィップ効果が発生したため、嵐が過ぎ去った現在では大量のマスクが売れ残り、余った在庫はお店で山積みとなる結果となった。
このブルウィップ効果という現象は、誰もがわかってはいるが、防ぐのが極めて困難なものである。少しでもこの現象を防止するために、需要がある分だけ生産や在庫を持つことを目指しトヨタが開発した「JIT(ジャスト・イン・タイム=かんばん方式)」や、グンゼも導入した、生産工程でボトルネックになるところを標準として、そこに合わせて生産・在庫管理を行う「(TOC=Theory of Constraint 制約理論)に基づくDBR(ドラム・バッファ・ロープ)方式」など、各会社のサプライチェーン部門では、いかにモノを作りすぎないか、在庫を抱えないか、という課題に対処すべく日夜奮闘しているのである。
食品に関して言えば、「食べる分」の必要量に応じて「食材をつくる」という持続可能な生産消費形態を確保することが、SDGsの12番目の目標「つくる責任 つかう責任」の大きなテーマである。残念ながら、先進国においてTVやネットのメディアなどが大きく取り上げることで大きな食のブームが起き、該当する生鮮食品や農作物などでブルウィップ効果が起こり、需要が去った後には食品が大量に残ってしまう。世界では現在、食用として生産された農水産物のうち、3分の1ほどは消費されることなく廃棄されている(FAO=国際連合食糧農業機関データ)。目標中、12.3のターゲットには、「世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失なでの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる」とあり、いままさに一人ひとりが行動を起こさなればこの問題は解決しない現実がある。
私も、冷蔵庫の中を今一度覗いてみて、中に入っているものがすべて無駄にならないように、今週の献立を練り直し、今週末のスーパーでの買い物は必要な分を必要なだけ買うことにしよう。
パンチョス萩原(Soiコラムライター)