蟻の行列に学ぶこと 【SDGs 技術革新 まちづくり】

   かつて住宅用の断熱材メーカーに勤めていた時、工場のライン稼働最適化と在庫効率化を目指して、東京大学の西成活裕(にしなり かつひろ)教授と仕事を共にさせて頂いたことがある。顧客からの注文納期に対し、十分すぎるほどに在庫がある製品と、生産が追い付かずに欠品を起こしてしまう製品について、生産ライン~倉庫~出荷までのスムーズな製品の流れを構築するというものであった。

   西成教授は「渋滞学」の権威で、様々な場所に現れる「渋滞」現象のメカニズムを物理学的な視点から研究を続けており、世の中から渋滞をなくすことを目指している。日テレの「世界一受けたい授業」でも何度も登壇されている有名な教授である。私は打ち合わせのために東大工学部の研究室には2度ほど訪問したが、学生からもとても人気が高い印象を受けた。

   「渋滞学」は西成教授が、もともと流体力学の研究者として、大学院博士課程から水や空気の流れなどについてずっと研究したものを、モノや車の流れに応用した研究分野で、自ら「渋滞学、Jamology (Jam=渋滞からの造語)」と名付けた。25年間にわたり、車社会とあらゆるモノの流れから、渋滞をテーマにした学問体系を確立した。

   西成教授の渋滞研究で有名なのは、「蟻の行列」だ。常に速度が一定で全く渋滞がない蟻の行列の理由を観察を通して解明した。蟻は、ある程度列が混んできても、基本的に前の蟻と距離を詰めない。これをヒントに車の渋滞にも車間距離があれば渋滞しないことを発見し、計算と実証実験の結果、それが40mであることを突き止めた。さらに研究を重ね、今では車間距離よりも「車間時間」が大事であり、前の車と2秒あけると渋滞にならないことも実証している。三井ダイレクト損保のHPで「MUJIKOLOGY!(無事故+logyの造語)研究所」の所長として、渋滞がなぜ起きるか、また起こさないに車の走り方について動画で解説している。

   残念なことに、大都市や幹線道路の渋滞は依然としてなくならない。国土交通省は、高速道路4社(NEXCO東日本、NEXCO中日本、NEXCO西日本、JB本四高速)における2019年の渋滞ランキングを発表した。1位は東名高速上り(海老名JCT~横浜町田IC)、2位は、中央道上り(調布IC~高井戸IC)、3位は、東名高速上り(東名川崎IC~東京IC)と続く。1位の東名高速上り区間に関して言えば、この区間での渋滞することにより、年間、のべ171万人にも上る人々が1時間無駄にしているという。さらに、国土交通省の試算によると、全国の交通渋滞による年間の経済損失額は約12兆円にもなるという。排出されるCO2も考慮すると、経済面や環境面においても、交通渋滞の解消は深刻な課題の一つとなっている。

   西成教授の研究結果では、高速道路の渋滞原因で最も多いのは、なんと「緩やかな上り坂」だそうだ。緩やかな上り坂は、ドライバーにはさほど意識にならないが、坂に差し掛かると車はわずかに減速をする。すると後続の車との車間距離が短くなり、後続の車はブレーキをかける。その後ろの車はさらにブレーキをかける…渋滞の始まる典型的なパターンである。ランキング1位になった東名高速上りの区間には、大和(やまと)トンネルがあり、毎年GW期間やお盆、年末年始などは大渋滞になる場所だ。トンネルに入ると左右の壁からの圧迫感を感じて自然とスピードが低下してしまうことに加え、緩やかな上り坂のため、車間距離が短ければ短いほど渋滞がすぐに出来てしまう構図となっている。交通事故のおよそ20%は渋滞時に起きる、と西成教授は言う。事故が起きればさらに渋滞がひどくなる悪循環に陥ってしまうのである。実は事故が起きると反対側の車線の車も渋滞する。ドライバーたちが何事か?と減速して状況を見てしまうからだ。やはり、根本的に渋滞が出来るメカニズムを解消しなければならない。

   近年、自動運転の車の普及が始まりつつある。2018年のミシガン大学の研究によれば、自動運転のコネクテッドカーが1台走行するだけで渋滞が緩和されるそうだ(自動運転LABサイト)。自動運転の車は、常に適切な車間距離をとり、前に走っている車を常に監視しているため、その車のスピードが落ちてくればいち早く気づき、迅速かつ最低限のブレーキをかけるのだ。将来自動運転の車が増えてくれば、「蟻の行列」のように自動的に車間距離が保たれ、渋滞は大きく緩和されるに違いない。ただ、そんな自動運転技術の進歩を待つのでなく、私たちがもう少し車間距離を取りつつ運転することで、渋滞は大きく解消される。我先にスピードを出して追い越したり、急ブレーキを踏むような運転ではなく、それぞれの車が他の車に思いやりを持って譲り合い、ペースを合わせて走行することが今求められているのである。

   渋滞をなくすための自動運転技術や、走りやすい道路の建設などによる渋滞の緩和は、SDGsの17目標中、9番目の「産業と技術革新の基盤をつくろう」と、11番目の「住み続けられるまちづくりを」の実現に大きく貢献する。将来、レジャーや出張で高速道路を利用する場合には、渋滞情報など事前に見る必要がない日が来るかもしれない。

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)