Dog Star【SDGs 天体】

   「ミト!シリウスに向かって飛べ!」

   子供を人間にさらわれた王蟲(オウム)の大群が風の谷に怒り狂って突進する上空で、ガンシップを操縦する忠臣ミトに対して命じたナウシカのセリフだ。映画の中ではスピード感溢れる壮大なスペクタクルシーンであった(1984年 風の谷のナウシカ 宮崎駿監督)。

   「シリウス」は、おおいぬ座にひときわ青白い色で輝く、地球から見える21個の1等星の中で最も明るい星で、今の時期空が晴れていれば誰にでもすぐに見つけられる。地球から8.6光年離れているが、太陽の14倍の明るさを持ち、恒星の中では地球の近くに存在しているため、土星より明るく見える。冬の大三角形の1つで、あとの2つはオリオン座のペテルギウス、小犬座のプロキオンである。

   古代より「シリウス」は重要な星であった。紀元前3000年前のエジプト文明では、ナイル川が上流の肥沃な土砂を運んできたおかげで農耕文化が始まったが、1年に一度だけ決まった時期にナイル川が氾濫した。当時の人たちは、明け方前に東の空に「シリウス」が輝き始める日(夏至の頃)をナイル川が氾濫する時期と重なることに気づき、氾濫を予測し、農耕を守ることが出来たのである。そして「シリウス」が明け方前に輝き始める日を新年とした。これが世界最古の太陽暦となった。「シリウス」などの星の観測をもとに古代エジプト人が算出した1年の長さは、365.1428日ということで、現在のグレゴリオ暦における365.2425日とくらべても、ほぼ遜色のない精度である。

   ちなみに「シリウス」の意味は「灼熱」で、1年が始まる夏至の頃から暑い日々が始まることに由来しているらしい。また英語ではおおいぬ座に存在していることから「Dog Star」と呼ばれる。日本で丑(うし)の日に鰻を食べる夏の土用を盛夏を表す「Dog days」と英訳することがあるが、これも「Dog Star」、すなわち「シリウス」が東から上り始める時期ということに関係している。7月と8月の暑い時期に「シリウス」と太陽が共に東の空から現れるため、「Dog Starは太陽の炎に向かって吠え,太陽の暑さを2倍にする」と言われてきた。冬の空に輝く星である「シリウス」にこんな暑いイメージがあるとは知らなかった。

   ポリネシアでは、南にひときわ輝く「シリウス」が島々の真上を通ることを知っていて、まだ羅針盤などない太古の昔から、航海をする時に利用していた。天文学や宗教の世界でも「シリウス」は研究や崇拝の対象となり、歴史の中でも大きな影響を及ぼしてきた。また、歴史上の神話や文学、芸術に至るまでこの星は多く登場し、世界中の文化に溶け込んできた。

   月も太陽も北極星も確かに人々の暮らしに大きな影響を与えてきたが、「シリウス」も負けないほど人々の住みやすい暮らしに貢献し続けてきた「SDGsの星」である。

    

   空気が澄んで星空が眺めやすくなった。長い歴史の中で、世界中の多くの人々の生活の中に溶け込み、自然災害から生活を守り、学問の発達や航海術に寄与してきた全天で一番光り輝いている「シリウス」を南の空にぜひ見つけて眺めて頂きたい。きっと遥かナイル川からポリネシア、ひいては風の谷にまで思いを馳せ、ロマンチックな気分になれるにちがいない。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)