ピッ、ピッ、ピッ、ポーン…
テレビやラジオでおなじみの時報の音である。音階は、ドレミファソラシドの「ラ」の音だ。ピアノでは左から49番目の鍵盤の「ラ」を3回、そして1オクターブ高い「ラ」(61番目の鍵盤)を1回弾くと一人で時報が流せるので余興に使える。 音の高さ、低さを表す周波数(音が一秒間に何回振動しているかを表した数値)で表すと、最初の「ラ」が440Hz(ヘルツ)、高い方が880Hzである。絶対音感を持つピアノの調律師は、49番目の鍵盤をコンサートピッチ(最初に合わせる音、基音ともいう)として、440Hzの「ラ」の音にまず合わせ(コンサート会場などでは時に演奏者の希望などで442~443Hzに合わせることもある)、そこから隣の鍵盤の音を21/12(2の12分の1乗)ずつ周波数を変えながら調律をするという神業を、自分の耳だけを信じて行なっている(21/12は、1オクターブを12等分した音で平均律といい、12鍵盤先の音の周波数は2倍(212/12)となる)。ギターの場合でも「ラ(A440Hz)」は、5弦の開放弦をチューニングする時の大事な音である。私もギターを弾くことが趣味の一つだが、チューニングマシーンなどない昔は、440Hzの音がなる音叉(おんさ)を用いてチューニングしていたのが、今となっては懐かしい。
音の周波数についてもう少し調べてみると、一般的に人間の耳に聴こえる音域は20Hz(低音域)~20000Hz(高音域)であることがわかった。ただ、年を重ねていくと、高い周波数帯が聞こえづらくなってくるという。私も早速、聴力を自分でチェックできるサイト(リオネット補聴器HP)で聴きとり可能な周波数帯を調べてみたが、16000Hz音域までは聴こえたが、その上は聴こえなかった。会社で大声で怒鳴られるようなミスを犯しても、上司が17000Hzくらいでしゃべってくれれば、全く何も聞こえないので都合が良い。
音の周波数が20000Hzを超えると「超音波」と呼ばれるようになり、人間の耳の構造では聴こえなくなる。しかし、そんな超音波をも聴き取っている動物は結構多い。例えば、犬は15Hz~50000Hz、猫は45Hz~64000Hz、イルカは20Hz~150000Hz、こうもりは1200Hz~400000Hzを聴いているらしい。昆虫たちも相当高い周波数帯の音を聴きとることができるらしく、夜行性の蛾などは500Hz~240000Hzだそうだ(出典:音楽研究所HP)。人間から見れば、彼らは間違いなく超能力者たちである。
音の高さ、低さは上述の「周波数(単位はHzヘルツ)」で表される一方、音の強さ、大きさは「音圧(単位は pa パスカル)」で表される。この単位は気圧にも使われているため、さらに人間が何とか聴くことのできる音圧を20マイクロパスカル(μPa)」と定め、これを基準として聴いている音がどのくらいの大きさかを表すには、「dB(デシベル)」という単位を使う。騒音計などではおなじみの単位だ。夜間の住宅地やホテルの部屋など静かな場所はだいたい30dB、会社や役所の窓口などは50~60dB、レストランやバス車内は70~80dBで、これ以上の音の大きさになると極めてうるさく感じるレベルとなる。パチンコ屋や電車の高架下などが良い例で、90~100dBにもなっている(出典:毎日新聞HP)。
このように、私たちの周りには、高低と強弱が入り混じった音が満ちあふれているわけだが、いつの時代も「音が問題になる」、といえば、それは「騒音」である。「騒音」は単に聴くに堪えられないような大きな音だけを意味するのではなく、心理的に不快感を催すようなものであれば小さな音も「騒がしい音」なのだ。英語では「騒音」のことを 「Noise Pollution (雑音による汚染)」というから、ほとんど公害扱いである。
SDGsの17目標のうち、11番目の「住み続けられるまちづくりを」の中でも、音環境は私たちの生活に密接に関係しているため、行政、地方公共団体、企業などが積極的に騒音対策に取り組んでいる。騒音に関する法律は、環境省が、「工場・事業場騒音」、「建設作業騒音」、「自動車、航空機などの騒音」に関わる規制基準を 「騒音規制法」という法律を施行することで監督している。しかしながらこの法律は、「都道府県知事や市長・特別区長が独自に騒音について規制する地域を指定し、規制対象ごとに異なった規制基準等が定めることとする」、という内容になっているため、実際には各都道府県、各市町村によって規制基準はバラバラだ。加えて、隣の家から流れてくるクラッシック音楽や電話の声、犬の鳴き声、水を流す音などは、それを聴く人の主観的な捉え方で良い音にも騒音にも聞こえるため、これらの生活音自体を規制する法律はない。そのため多くの自治体は生活騒音などに関する苦情受付担当者や、配慮すべき指針を設けているが、根本的には、住民同士の良いコミュニケーションとお互いへの配慮に尽きると思う。
空耳、初耳、聞き耳、僻耳(ひがみみ)、耳年増(みみどしま)、地獄耳など日本語には耳のつく単語が豊富だ。また、耳が痛い、耳が汚れる、耳が遠い、耳が早い、耳に入れる、耳に障る、耳にタコができる、耳に残る、聞き耳、耳に挟む、耳が肥える、耳を揃える…など、 耳を主人公にして人の感情やその場のシーンをほのぼのと浮かび上がらせる熟語も日本人ならではの感覚である。それほど私たちは耳から入る生活音に敏感に反応し、耳からの情報で感情をコントロールしながら生活している。
環境省は、騒音対策とは逆に「残したい日本の音風景100選」など、かつて日本人が暮らしの中で当たり前のように聴いていた美しい自然の音を大切にしよう、という啓蒙活動にも力を入れている。ヘッドホンで素敵な好きな音楽を聴くのも楽しいが、これからの時期、都会でもコオロギ、鈴虫やキリギリスの鳴き声が聞こえはじめる。移り行く季節の風情を感じながら、人の耳に心地よい自然な音色に耳を澄まそうではないか。
パンチョス萩原