東京都福祉保健局が2016年に行なった調査によると、一定の住居を持たず、都内のインターネットカフェなどで夜を過ごす、いわゆる「ネカフェ難民」は、一日4000人ほどいるそうだ。またそうした場所にも滞在せず路上などで寝泊まりしているホームレスの人たちは、厚生労働省が2018年に実施した調査によると全国で4977人で、都内はうち約4分の3を占めている。さまざまな理由があって家を持たない生活なのだろうが、そんな人たちに声をかけ、生活保護を受給させて自分が経営するアパートに住まわせ、毎月4~5万円の家賃を払わせた不動産業者らがその所得を申告しなかったことによる脱税容疑で逮捕された報道があった。ニュースの中心は家賃収入3億9800万円の所得隠しによる脱税8900万円に対する法人税法違反であるが、深刻なテーマはもっと別のところにあると思う。社会的立場の弱いこのような人々を利用し、金を毟(むし)り取って私腹を肥やす行為に対し、もっと光を当てられないか。
「奴隷」という言葉を聞くと、歴史の授業で習った、17~18世紀にかけてヨーロッパ・西アフリカ・西インド諸島で行われていた三角貿易(奴隷貿易)のことや、19世紀が米大統領のリンカーンが南北戦争中に南部連合が支配する地域の奴隷制度を廃止することを命じた奴隷解放宣言などを学んだことを思い出す人もいることだろう。映画「ルーツ」の中に登場する奴隷船や、手と足を拘束されて過酷な強制労働を強いられている奴隷たちを描いた絵画などが、私たちの頭の中に奴隷に対するイメージとして残ってはいるが、もう過去の産物との認識が強いのではないだろうか。
ところが、21世紀の現代にも依然として、奴隷制度、人身取引、強制労働、児童労働などは存在している。国連大学によると、現代でも奴隷制の被害にあっている、「現代奴隷」と称される人々の数が世界で4030万人に上るという。戦争などにより住む場所をなくして移民や難民となったり、人種的、社会的な理由から貧困に陥った人々が過酷な労働条件を無償か極度の低賃金でを強いられたり、人身取引で無理やり結婚されられたり、街で声をかけれた女性が詐欺や誘拐にあい、犯罪組織の支配下におかれて風俗店で、性的労働を強要させられるなどの被害者たちをはじめ、学校へ通うことが許されず労働を強いられる児童たちなども含まれる。日本でも、冒頭に書いたネカフェ難民やホームレスの生活保護受給金を強制的に搾取したりするケースや、不当な低賃金で働かされる海外からの留学生や研修生、風俗店での強制労働、もこの「現代奴隷」の犠牲者である。ウオークフリー財団の2019年世界奴隷指数(Global Slavery Index)によれば、日本でも、人権を阻害されて奴隷状態に陥っている人々の数が29万人を超えている実態が浮き彫りとなっている。
「現代奴隷」に関しては、貧困問題、世界にまたがる犯罪組織、宗教、文化など、さまざまな要因がある中で各国が撲滅を目指して行動している。英国現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015年3月制定)をはじめ、シリヤなどからの難民を受けて入れている欧州諸国、米国などの対策に続き、2018年にはオーストラリアでも現代奴隷法が制定されている。それらの現代奴隷抑止政策の中で特に力を入れているのは、企業に対する社会的責任だ。例えば英国現代奴隷法では、企業が自らのビジネス活動において(主にサプライチェーン活動(仕入業者からの購入に始まり、工場での生産、顧客への物流にいたるまでの一連の活動)の中で、奴隷労働と人身取引がないことを担保するために行なっている活動や取り組みを年次の事業報告書の中で報告することを義務付けしており、これは英国内で事業を営む日本法人にも適用される。
日本でも近年、SDGsやESGの取組みや声明を発信する会社も出てきている。住友化学は「現代奴隷・人身取引に関する声明」を発表し、170社に及ぶ子会社を含め、グループ全体で英国現代奴隷法第6章54条、オーストラリア現代奴隷法、および米国カリフォルニア州サプライチェーン透明性法に従って人権を尊重した経営を行なっていることを述べている(出典:住友化学HP)。現代奴隷撲滅のためにも、企業がこの問題を真剣に受け止め、社会的責任を果たしていく必要がある。
国連には「Delta 8.7」というサイトがある。 これはSDGsの17目標中、8番目の「すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」という目標の下にある行動ターゲット8.7に、「2025年までにあらゆる形態の児童労働を、そして2030年までに強制労働、現代の奴隷制、人身取引をなくす」というものがあるが、このたった1つのターゲットだけのために開設されているサイトである。 「デルタ」というのは「差・差異・変化」という意味だ。各国が協力して人権問題に取り組み、世界中の現代奴隷を年々どれだけ減少させることができるのか、去年から今年、今年から来年、と年を重ねるごとに改善できた数字の差を追っていこう、というのがこのサイトの目的である。8.7は、全世界の人々に平等に存在すべき人権を尊重するためにあるターゲットであり、私たち一人ひとりが真剣に向き合うべき最重要のテーマである。
今から10年後には、「奴隷」という言葉が、歴史的な過去のものとして教科書に載っていることを願っている。
Delta 8.7 サイト: https://delta87.org/what-is-delta-8-7/
パンチョス萩原