現在、単身赴任している神奈川県秦野市は山々に囲まれた盆地で、西に富士山を望み、市の中心に水無川(みずなしがわ)が流れる風光明媚な土地柄だ。美しい自然が季節を移ろう中でバラエティ豊かな表情を見せ、これからは市の北側に広がる丹沢の山々の紅葉が始まるのが楽しみだ。以前のコラムにも書いたが、市内11箇所に湧き水スポットがある秦野の水は名水百選に選ばれている。借りているアパートは市内が一望できる高台にあり、崖に沿って林が生い茂っているのと、隣が畑のため、瑠璃色が美しいイソヒヨドリや、キビタキ、ウグイス、ツバメ、アナグマ、イモリなどのさまざまな鳥や動物が姿を現す。
秦野市のように、地方の市町村にはまだまだ人の手が全く入っていない山々などの自然があり、動物、鳥、昆虫、植物などが生息・群生している。その一方で、田んぼや畑、畦(あぜ)道や灌漑(かんがい)水道、林、人口湖など、長い時間をかけて人々が自然と寄り添いながら、農業、林業、漁業などを通して形成してきた「二次的自然地域」もあり、私たちは総称して「里山(さとやま)」と呼んでいる。学術的には「社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(Socio-ecological production landscapes and seascapes (SEPLS)」と呼ぶそうだ。
里山はもともと人が作ったものであるが、そこにさまざまな動植物が住み始め、生きるために適応・依存してきた。その意味で、人の活動も生物多様性の維持・向上に重要な役割を果たしてきたのである。人にとっても、里山を作り出すことで、農産物や木などの資源を得ることが出来、生きるために必要な食糧や暮らしに必要なモノを享受している。
1950年以降、日本では高度な経済発展と工業化を受けて大都市近郊の土地開発が行なわれ、今では世界的にも生活の豊かさから大量生産、大量消費、そして大量廃棄の社会となった。その代償として環境破壊が急速に進み、原生林の消失、河川や海の汚染、特に地域過疎化による農地の耕作放棄、手入れ不足によって里山が減少し、著しいスピードで生態系の破壊と生物多様性の損失が進んでいる。
この里山を保護し、人と自然とが持続可能な関係を構築できるよう世界と手を結び、里山に関する知見の共有を含め、社会的・科学的な観点から様々な活動を行なうために、環境省と国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)が共同で2010年に、「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」を提唱した。2020年7月現在、世界の国・地方政府機関や、NGO・市民団体、先住民団体・地域コミュニティ団体、学術・教育・研究機関、産業・民間団体、国際機関267の団体がメンバーとなっている。メインな取組は、里山が “今まさに直面している課題を共有し、生物多様性の保全と人間の福利向上のために、地域の特異性に配慮しながら、人間と自然とが持続可能な関係を保持した「自然共生社会の実現」を目指す”ことだ(原文ママ 引用:https://satoyama-initiative.org/ja/concept/#cbd)。
こうした里山保全の具体的なアクションとして、2010年10月に愛知県で開催された生物多様性条約 第10回締約国会議(COP10)において、2050年までに「自然と共生する世界」の実現を目指し、2020年までに「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ために、5つの戦略目標とそれを実現するための20の個別目標が定められ、127の国々よって批准と加盟がなされた(名古屋プロトコル)。各政府と各社会において生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処することや、生態系、種及び遺伝子の多様性を保護することにより、生物多様性の状況を改善することなどに加盟国が一致団結して取り組むことが戦略目標に掲げられ、SATOYAMAイニシアティブのHPで活動事例が報告されている。
来月からはいよいよ東京発着のGoToトラベルキャンペーンも始まる。秋の涼しさの中、美しい里山を訪れ、季節の移り変わりを感じつつ生物多様性について思いを巡らしてみてはいかがだろうか。
参照:SATOYAMAイニシアティブ https://satoyama-initiative.org/ja/
パンチョス萩原 (Soiコラムライター)