事業とSDGsのトレードオフ 【SDGs 持続可能な発展】

   MBA取得を目指す学生が、海外の大学院への留学を考える場合、「GMAT試験」と「TOEFL試験」を受けることが必須となっている(海外の大学に留学経験のある学生は免除される)。GMATは非営利財団のGraduate Management Admission Councilが行う英語力、数学的能力、分析的思考力を測るための英語による試験であり、4セクションで合計80問の質問に180分で答えなければならない。1問あたり平均して2分程度で解く時間配分だ。私も2011年に実際に受けたが、31問ある数学問題中、最後の2問が時間切れとなって解けなかった。

   その時の長文読解問題は今でも覚えている。タイトルが「植物におけるコロニゼーション(植民地化)戦略」というものだった。内容はというと、「植物は、自分たちがどのような形で生息する手段をとれば最も自然に適応できるかを知っている」、という論文に関するものであった。「松」は群生して密集した林を形成していくのが一番自然に適応しているので、種子を重量がある松ぼっくりの中に閉じ込めて、枝から真下に落下させ、種が遠くへ行かないようにする。やがて種が土に入り、自分のすぐ近くに子孫を残していけるようになる。一方「たんぽぽ」などは同じところに群生していると動物などに食べられて種が途絶えることから、できるだけ種を遠くへ飛ばして種の存命を図る。試験ではこの論文を読んだ後に設問に答える訳だが、個人的には内容自体がとても勉強になった。

   動物における種の保存においても、天敵の有無や卵を産む際のエネルギー消費の限界などを考慮し、上記と同じような最適戦略をとっている。例えば各動物が産む卵の大きさを考えた場合、ウミガメやカエルなどは、一度にたくさんの卵を産めるだけ産んで、たとえ天敵に子カメやおたまじゃくしがほとんど食べられてしまおうとも生き残った数匹のものたちが次世代を継いでくれればよい、という戦略をとっている。卵が大きければ大きいほど生まれてくる子供も丈夫なので、本来ならば大きな卵が産みたいのだが、一つひとつの卵を産むのにつかうエネルギーが大きくなるので、一度にたくさん産むためにはどうして卵ひとつひとつを小さくせざるを得ない。反対にダチョウやお腹の中である程度育ててから産む哺乳類は、一つひとつの命にエネルギーを大量に使い大きく産んで生存率を高める戦略をとる。外敵に襲われるリスクも減るので生存率は高いが、一度に多く産むことはできない。

   さらに動物が生きていくための糧として他の動物を捕獲するときも、糧を得るために消費するエネルギーと、捕まえた獲物を食して補充されるエネルギーの差が常にプラスとなるように計算して狩りを行なう戦略をとる。このように世界に満ちるあまたの生き物は、それぞれがそれぞれの種の存続においても、生きる糧としての獲物の狩りにおいても、最適な戦略をとっているのである。

   こうした「最適戦略」は、別の言い方をすれば、「何かを得ると、別の何かを失う」といった相容れない状況(トレードオフ)が生じた場合に、あらゆる生物がとる一番効率の高い行動である。このトレードオフは私たちの身近なところにたくさんある。例えば、「美味しい料理を食べたいが、お金がかかる」とか、「丁寧に仕事を進めたいが、時間がかかる」などだ。またミクロ経済学の世界でも、「予算制約式」というものがあって、「予算が限られている中で、AとBをどういう構成比で買うのが一番最適か?」という問いに対する解を得たり、ファイナンス分野でも、多くの投資案件がある場合に、どれが一番投資回収金額の現在価値が高いかを算出することがある。

   いずれの場合も、最適戦略では、何かを得ると何かを失うトレードオフ状態の中で一番効率が良いものを選択するのである。

   いまや時代の潮流として、企業がSDGsやESGにいかに取り組んでいるか、ということが投資家の評価となっている。積極的にSDGs活動を行なったり、ESGの指標を統合レポート等で公表している企業は、これらをしていなかったり、またはしているフリをしている企業に比べて、市場からの資金が得やすい構図となった。企業側にして見れば、これらの活動をしたくても、人材不足や利益を追求する本来の会社の姿を推進する経営陣から予算を承認してもらえないケースもある。特にSDGs活動では、省エネルギー化を図ってコスト削減できることもあるが、たいていの場合、投資した金額のもとが取れない。それでもSDGsを社会的道義として行なう企業もあれば、より現実的にSDGsを後回しに考える企業もある。

   それぞれの企業は、まずSDGsの重要さを理解し、SDGsは「やるかやらないか」ではなく、「いかにやるか」であることを再認識したうえで、持続可能な発展のために「事業と持続可能なSDGs活動をどのようなバランスで両立させていけば良いのか」、という最適戦略について講じる必要がある段階に既に入っている。

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)